大阪大学皮膚科における病理組織データベースシステム
西田健樹、土居敏明、吉川邦彦(大阪大)、野村政夫(西宮市)
第99回日本皮膚科学会総会(仙台:東北大学)コンピュータ利用研究会にて発表
日本皮膚科学会雑誌 第110巻12号 第2044-2047頁(平成12年11月)掲載
Reprinted from the japanese jurnal of Dermatology
Vol.110,No.12,pp.2044-2047,December 2000

 

はじめに
 病理組織学検査は数ある臨床検査の中でも「診断確定」に占める比重が高い。とりわけ皮膚科においては、検体材料を体表面から比較的簡単な手技にて採取することができるため、腫瘍性疾患はもとより非腫瘍性疾患においても日常診察の現場において常用されている。病理組織診断は、個々の患者にとって、予後を推定したり、追加手術の必要性やその範囲を検討するなどの治療方針を決定する上で重要不可欠であるのみならず、時空間を超えて同様の症例を集積して、それらの類似点、相違点を注意深く検証することにより、腫瘍性病変ではその発生起源を推定し、非腫瘍性疾患においてはその発症機構を考える上で貴重な情報源である。従来、多くの施設でこの集積作業は、台帳記入、検索作業ともに手作業に頼ってきたため、能率が悪く、検出精度も満足の行くものではなかった。こういう作業こそ、コンピュータの得意とするところであり、その処理にはデータベースソフトが利用される。しかし、人の目によるアナログ処理なら許されるような曖昧さが、融通が利かない機械が行うデジタル処理では、入力形式の不統一やわずかなデータの入力ミスが検索精度を低下させることになる。このため、あらかじめデータベースの設計段階で、一定様式の入力が簡単に行えるように準備しておくとともに、入力済みデータのチェックと修正作業を簡便化しておく必要がある。今回我々は、当科において1964年(昭和39年)以降36年間の26000件に及ぶ蓄積してきた病理標本(組織スライド、パラフィンブロック)の財産を、1983年より新規と過去の病理組織台帳をもとに台帳データをデジタル化したので、その利用方法と今後将来に残すための定型処理方法について報告する。
 
 
データベース
 データベースシステムは記述型データベース言語では定評のあったAshton-Tate社(現ボーランド社)のdBASE言語を基本に開発した。このdBASE言語はデータの非常に複雑な処理を記述処理でき、病理組織システムを構築する上で重要な役割を果たしている。我々は当時の最高の処理能力と操作性に優れたdBASE言語を採用し「病理組織データベースシステム」を開発し現在に至っている。このdBASEを使う理由は
 
 1)作成した病理組織データは、どのような出力フォーマットにも対応できる。
 2)プログラムを記述することによって複雑なデータ処理に対応できる。
 
である。1)の「データ出力」については最近のデータベースはほとんどの出力に対応しているが記述言語を使うことによって更に複雑なデータ移行や印刷フォームに対応でき将来に対し資産の継承が容易に出来る。しかし、データベースについては近年、優秀で使いやすいプログラムが多く開発され複雑な記述式言語を使わなくとも容易に構築出来るようにり、我々の使っているdBASEの役割も終わりに近づいている。
 
 
阪大皮膚科で行われているデータベース処理
 外来、病棟、手術室で行われた生検はその場で組織カードに必要事項が記載され、研究室にて通し番号が打たれる。データ入力は通常のパラフィン組織と必要に応じて免疫組織のデータベースに入力が行われ、そのデータを元にスライドガラスのラベルが印刷される。病理組織の一連のプロセスが終了し染色が完成すると台帳が印刷され検討会に回される。病理診断はこの印刷台帳に担当者が手書きで診断を書き込み一定期間の後、確定診断が入力され保存台帳が印刷される。この一定期間とは約1週間を示しており、その間に主治医、採取者などが標本や台帳などの記載事項を確認する。この方法によって入力の遅滞や記載もれなどを防ぐことが出来る。(図1)
 
 
データベースの構造
 収録項目は(図2)に示す通りである。構造は基本的なフィールドのみを定義し、出来るだけ簡単な構造にしている。これは単純な構造にすることによって収録とメンテナンスを容易にする目的である。必要があれば他のデータベースとID(カルテ番号)をキーとしてリレーションを行うのでデータベースの構造(項目)を、大きく複雑にする必要は無く各データベースを自由に作り、後に臨床画像、組織画像、免疫組織データベース等にリンクする事によって大きなデータベースとなる。
 
 
部位コード
 部位コードは大きく分けて頭部100、顔面200、頚部300、体幹400、上肢500、陰部600、下肢700とし(図3)一桁目から三桁めまでが部位を表し、四桁目に左右、五桁目に上下外中などを詳細にコード化した。
 
部位コード公開URL
http://derma.med.osaka-u.ac.jp/hbase/locate.html
 
 
病理診断コード
 病名コードについては現段階ではコード化することが難しく厳密なコード化していない。しかし病理組織診断名さえ正確に入力されていれば、後にコードを割り振る事はコンピュータにとってたやすいことである。実際には抽出用のマーク程度のものを用いている。
 
 
定型処理
 入力の遅滞を防ぐため標本作製過程のスライドガラスラベル印刷、組織台帳印刷、診断結果の一覧書などの処理を定型化している。特にスライドガラスにラベルを印刷するにはデータの入力が不可欠なのでデータ入力の遅滞は起こり得ない。
 
 
データの整理方法
 病理組織データベースにとって最も重要な項目に病理組織診断がある。この項目の信頼度がそのデータベースの価値を左右する。皮膚病理の診断コード化が行えない現状では組織診断名による抽出、検索に頼らざる得ないからである。我々は病理診断項目をソートする事によって入力ミスを発見している。Fig3に示すごとく同じ病名が続く場合、その病名の最初の部分と最後の部分に間違い入力が発見される。この間違いを訂正し、正確に入力されているレコードと共にフラグ(マーク)を立て、最後にフラグの立っていないレコードを抽出し手入力によって修正している。しかし、最近ではスペルチェック辞書に組織診断名を登録し入力の都度チェックする事も簡単に出来るが最終的にはこの方法でデータを再点検することも必要と考える。
 
 
データの保管
 入力されたデータの保管は大変重要な事で20年の時間と経費を費やして作り上げたデータベースが一瞬のうちに消え去ることもあり得ることである。また患者のプライバシーに関する事項でもあるのでその扱いには細心の注意が必要ある。
我々はデータ入力やデータメンテナンスをdBASEで行い、入力やデータ修正が行われるたびにハードディスクへバックアップするようプログラムした。また毎年一年分をフロッピーディスク収録し、金庫に保管している。メインのデータベースはFileMakerに移植し、複数のMacintoshへEtherNet経由で分散し、さらに地震や火災などに備え、離れた三カ所にMOディスクなどに納め、分散保管している。
 
 
他のデータベースとのリンク
 dBASEなどで作られたデータベースはファイルメーカーなどの最近のデータベースソフトへ転送され保管されている。大阪大学ではMedica Pix(Fail Maker)を利用した臨床画像データベースや免疫組織データベース、形成手術データベースも本格運用されており病理組織データベースとのリレーションによって飛躍的に利用価値が向上し臨床、教育、研究の支援に活用されている。(図4)
 
 
まとめ
 データベースは収録されるデータの内容と信頼度が非常に重要である。また日常の臨床、教育、研究に使用するためにはデータ入力の遅滞があってはならない。我々はいかに信頼度の高いデータベースを迅速に入力するかを目的に病理組織データベースを構築してきた。限られた人員で質の高いデータベースを維持するには、その構造が複雑なものより単純なものが扱いやすく、継続的にデータベースを維持管理する上で重要だと考える。近年のデータベースソフトはハードウエアの進化や膨大なメモリを利用した処理能力の高いものが多く、複数のデータベースをリンクすることはたやすいので必要に応じて他のデータベースとリレーションする事が肝要である。
 
 
西田健樹 大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学C-5皮膚科学教室
〒565-0871吹田市山田丘2−2
3wadmin@derma.med.osaka-u.ac.jp(Kenju Nishida)