教室関係コラム

2013.09.27

7th world congress on itch

7th world congress on itch Boston, USA
World Trade Center. September 21-23

大阪大学医学部皮膚科学教室
室田浩之

 皮膚科は恐らく診療科の中で最も痒みを語る機会の多い科であろう。痒みと戦うには敵を知らないといけない。このworld congress on itchは痒みを知る大変良い機会となる。今回はボストンで開催された。プロテアーゼと痒みの研究で名高いEthan Lerner先生の主催であった。大変細かいところまで心遣いのされている学会で、集中して勉強できる環境を提供していただいた。学会の終わる頃には始まる前より確実に知識が増えたと実感できた。2年後の本学会を私どもが主催することになり、日本での開催のメリットを理事会とgeneral assemblyでプレゼンする必要があった。日本にオリンピックを誘致するような気分を味わせていただいたことも本会の特筆すべき点であった。
学会で印象にのこった話を紹介させていただく。

Gil Yosipovich先生の話では掻破による快楽と痒みの伝染について学んだ。アトピー性皮膚炎では掻く事に喜びが感じられる。Gilのグループは、この「喜び」と「痒みから解放される」ことに反応する脳の領域をfunctional MRIで確認していた。私自身も皮膚で生じた現象が中枢に与える影響を検討している。このようなデータは私たちの研究にとって大変重要なリファレンスとなりうる。また痒みは伝染するといわれる(contagious itch)。掻いているヒトをみると自分も掻きたくなるというエピソードは私自身も経験するところだ。実はこのような痒みの生じる体の場所は決まっているとのことであった。このような身につまされる仕事は共感でき、私の心を打つ。
さらに痛み感覚と痒み感覚は同じか、という疑問は徐々に結論が出つつあるようだ。どちらも体を守るために備わった機能だが、痛みは避けるが痒みは掻くといった動力への反映のされ方の相違点、痛みが痒みを止める事、モルヒネは痛みを止めるが痒みを増強する事などの違いから、両者は異なる感覚であると想像されてきた。神経には痒み選択的な経路があり、ヒスタミンやPAR2アゴニストSLIGRLなど痒みを引き起こす刺激に反応しても痛み刺激には反応を示さない神経の一群がある。以前、IIDへの参加記でも書かせていただいたようにこの領域の研究は世界で盛んに行われている。Natriuretic polypeptide B (Nppb)は脊髄における痒みの伝達因子であるという最近のTopicsを Dr. Hoon、Dr. Carsteinから学んだ。脊髄後根神経節と脊髄のdorsal hornの間でpruriceptorを介したNppbの受け渡しによって痒みが伝達される。末梢神経で痒みは特異な伝達方法が使われているのだ。

Dr. Woofは”selectively silencing pain and itch”という大変興味深いタイトルの講演であった。局所麻酔はナトリウムチャンネルを抑制することで疼痛を軽減する。抑制するには電荷を伴わないリドカインが細胞内に入らないといけない。リドカインは侵害受容だけでなくすべての感覚を鈍らせる。ではalalgenicとantipururiticを分けることはできるだろうか?彼らの発見したQX314というコンパウンドは細胞の中に入った際に神経の感覚を強く鈍らせるが通常は細胞の中に入れない。そのため、痒みあるいは疼痛に関与する神経に選択的に取り込ませることができれば「痛み止め」「痒み止め」の使い分けが出来るのではないかと考えた。QX314はTRPV1を介して取りこまれるらしい。カプサイシンと同時に投与することでTRPV1陽性ニューロンに取りこまれ、ナトリウムチャンネルをブロックする。その結果、light touchの感覚や運動機能は鈍らないが、侵害疼痛は強く抑制することが分かった。さらに細胞内での滞在時間がリドカインよりは長いため、長期にその作用が続くという。私の診療における経験でも、局所麻酔の効かない症例に遭遇する機会は多い。患者さんは「酒にも酔いにくいから…」と言われると「それは効きにくいでしょうね」などという非科学的な会話をしていたが、これはキシロカインの細胞内への麻酔のペネトレーションに問題があるのだろう。QX314はヒスタミンによる痒みも抑制した。 QX314の効果は冷静に判断する必要があるだろうが、患者さんにとっては朗報になろう。

DR. Schmelzは慢性掻痒におけるNGFの役割に一石を投じた。NGFは長時間に渡り、侵害受容神経を増感させる。NGFはハッショウマメによって誘導される痒みを増感させるが、ヒスタミンの痒みは増感しない。さらにNGFは神経成長因子と言われるが皮膚の神経支配に影響を与えないとのことだった。この所見は私自身も同じ結果を得ており、NGFは神経伸長させるという過去の報告を再現できていない。

私達の教室からは山賀先生がアーテミンに関する発表をされた。アーテミンによって誘導される熱感覚過敏はTRPV1を介さないことをTRPV1の選択的アンタゴニストを用いて証明した。フロアからの質問にも1つ1つ丁寧に答えられ、すばらしい発表だった。片山教授も自ら痒疹の最新治験を披露された。ビタミンD3がTh2軸に影響を与え、組織リモデリングを抑制するメカニズムを示された。さらに痒疹の痒みは神経の異常な伸長を介さない事を報告され、痒疹の病態の解明にとって大きな風穴を開けられた。

さて、JFKミュージアムで行われた本学会のバンケットではGil Yoshipovitch先生のとなりに席を取った。「痒いときと痛いときに人の作る表情は違うのに気付いていたかい?」とGil。「そこに注目したことはなかった」と答えるとGilは「大阪は違う表情をしているのかな」と返してきた。私の「そのとおり、笑いの絶えない街だから」という返事にGilも笑った。Gilの背後に窓越しに映るボストンの赤紫色の夕暮れが暖かく見えた。

写真:会場となったSEA PORT WORLD TRADE CENTER。良い天候に恵まれ、これが旅行で来れていたらと悔やまれるほどであった。このどうしようもなく、いてもたってもいられない感覚も”itch”と定義される・・・。

平成25(2013)年9月27日掲載

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