医局員コラム

8th World Congress on Itch
痒み感受に偶然はない。
大阪大学大学院医学研究科
情報統合医学皮膚科学教室
准教授 室田浩之

 約1ヶ月前になる。片山先行会頭のWorld Congres on Itchが終わった。同会のトピックスは片山先生のコラムに詳細にご紹介いただいている。事務局の仕事も落ち着いた今日、学会を振り返りながら痒み研究におけるこれからの課題について考えてみた。痒みの研究を行う中で腑に落ちないことが多々ある。

A.痒み誘発実験において、
1.痒みを誘発する起痒因子の多くは痛みも誘発すること、
2.痒みはわずかな起痛因子で増強または誘発されること、
という痒みと痛みの接点。

B.動物実験において
1. cheek modelでは後ろ足で耳付近を掻くことが動物の掻爬行動であるとされる。そのためか後ろ足を使わないと痒みに対する反応ではないとされる。では背中が痒いマウスはどうするだのか?
2.起痒因子による痒み誘発実験は本当に痒みを誘発しているのか?

C.ヒトにおいて、
実験的な痒みは皮膚病に伴う痒みをどの程度反映するのか?などである。

上記を踏まえ、以下、学会で得た知識を紹介する。

痛みと痒みの関係について
von Frey博士は痒みは弱い痛覚受容であるという仮説を立てた。この説では痒みは独立した”感覚様式”ではなく本質的には痛みということになる。しかし強い痒みは痛みを誘発しない事、モルヒネやある種のオピオイドは疼痛を抑えるが痒みを増強する事、そして痛みに対する神経反射は回避反応であるが痒みは掻破反応である事、といった現象は痒みが本質的に痛みと異なること示唆している。紆余曲折はあるものの、「痒み」と「痛み」は異なる感覚との解釈で落ち着きつつあった。しかしハッショウマメの小さい棘によって誘発される痒みのメカニズム解析から、この棘の刺さる刺激を伴うことが痒み誘発に大きく影響することが報告された。ここでは痒みは痛みのコントラストであるという*Spatial contrast theory*で説明されていた。つまり痒みは痛みそのものではないが痛いところと痛くないところのコントラストが生み出す感覚ということになる。痒みコンセプトはとどまることなく漂い続けている。痒みはミステリアスだからこそ、追いかけたくなる。

動物実験について
学会から改めて感じたのは皮膚感覚の質とそれに対する衝動を判断するのは間違いなく脳であり、その感覚に抑制的に働く初動は中脳・延髄が担当する。マウスがどう感じているかは脳のどの領域が活性しているのかを調べることで可能になると考えられる。最近では私達が行っているマンガン造影MRIによってそれが可能になると期待される。さらに最近ではoptogenetics(光遺伝子学)により皮膚感覚感受の脳内回路が明らかにされつつある。これらの評価方法は動物モデルの痒みを客観的に評価する新しい指標になると期待される。

ヒトにおいて
学会内では疫学的な情報と、治験、症例提示など多彩であった。新しい治療として介在ニューロンで痒み伝達の主役となるサブスタンスP受容体(NK1R)を中和する戦略がいくつか紹介された。末梢神経終末で痒み伝達のmaster regulatorと考えられるTRPV1とTRPA1も治療標的として注目されているようだ。その他、痒み抑制に働く介在ニューロンの活性や交感神経による痒み抑制、そして痒み治療におけるプラセボ効果など興味深い研究内容が紹介された。痒みを情動として捉ええるか、感覚として捉えるかで治療の考え方はことなってくるだろう。

以上、私の興味を持った雑多な所感を述べさせていただいた。痛みではなく痒みを感じるのは偶然ではなく理由がある。それは多次元であり、切り口によって全く異なる様相を呈する。私は皮膚科医としての切り口を忘れてはならないと自戒するとともに再確認した。

最後に学会でのエピソードを紹介する。カリフォルニア大のCarstens先生は僕が左利きであることに気付き自身も左利きであると言った。するととなりに居合わせたマサチューセッツのLerner先生も「僕も左利きだ」と言った。3人で「左利きは痒み研究に向いているに違いない」とワイワイ盛り上がっていたところ、近くにいたブロツワフのSzepietowski先生がニコニコ笑いながら輪に入るや、"by chance."とクールにその場を収めた。痒みに偶然はないが、左利きが集まるのは偶然かもしれない。

写真解説:学会の呈茶の席において和菓子の職人が本学会のためだけに特別な常用を数限定で作製してくれた。「痒み」をイメージした菓子である。表面から見える淡い赤みは、手が届きそうで届かない痒みのもどかしさが汲み取れる。二つに割ると見事な美しい層をなす、その構造に職人技を見た。「皮膚感覚をいろんなフィルターを重ねて見たところ痒みになった」、そんなストーリーを、私はけたたましい想像力で思い描いた。
平成27(2015)年11月1日掲載