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大阪大学皮膚科同窓会事務局


片山一朗先生 大阪大学医学部皮膚科学教室教授10周年記念祝賀会
大阪大学医学部皮膚科学教室教授10周年記念祝賀会
大阪リーガロイヤルホテル 平成26年6月21日
 
「皮華科」大阪大学医学部皮膚科学教室の歴史
 大阪大学医学部の前身はその歴史が非常に古く、明治2年大阪府立病院として開設せられたのが濫觴(らんしょう)であり、切にその学問的系譜をたどれば幕末(天保9年)緒方洪庵による適塾に到る。その後時運に応じて多少の盛衰はあるが、連綿として続き大阪医学講習所一大阪医学校一大阪高等医学校一人阪府立医科大学一大阪医科大学を経て、昭和6年大阪帝国大学医学部となり、その間100有余年の輝かしい歴史を有する。
 皮膚科学教室は明治36年(1903)1月10日櫻根孝之進先生が初代教諭として「皮華科」の診療科名で開設されたに始まる。因みに本邦における皮膚科泌尿器科講座は束京帝大医科で村田謙太郎教授により始めて開かれ、その急逝の後をうけ明治31年土肥慶蔵教授が就任、教室の完成をみたが、数咋を経て大阪医学校と京都府立医学校(江馬章太郎氏)に相前後して創設をみたものである。従って本教室は本邦において東人に継ぐ古い伝統をもつ教室の一つということが出来る。

 講座又は診療科の名称は「皮華科」時に「皮膚科花柳病科」「皮膚科性病科」が用いられ、大正15年(1926)佐谷有吉教授の就任後「皮膚科泌尿器科」となり、昭和16年(1941)にいたり漸く皮膚科学講座と泌拭器科学講雁に分れた。しかし医局は衣然として皮膚科泌尿器科として一つであり、佐谷教授は教室主任兼泌収器科学講座分担、谷村忠保助教授は教授昇任後皮膚科学講座分担となり、次いで佐谷教授退官後は両講座を兼任し、永くそのままであった。昭和30年(1955)谷村教授の定年退官により、昭和31年(1956)8月皮膚科学講座に藤損得二教授、泌拭器科学講座に楠隆光教授を迎えることにより、ここに完全に両科は分離した。
皮膚科同窓会誌−開講75周年記念
大阪大学医学部皮膚科学教室75年の歩みを顧みて
著:佐野榮春名誉教授
昭和53年6月
平成27年1月掲載
 
大阪大学医学部皮膚科学教室75周年記念
昭和53(1978)年6月11日
 
大阪大学医学部皮膚科学教室100周年記念
準備中
 

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