乾癬の症状と治療
平成11年5月29日(土)大阪乾癬患者友の会 第1回定例総会講演内容
大阪大学医学部皮膚科
医師 佐野榮紀

乾癬とはどんな皮膚病?

 皮膚病は実に種類が多く、また患者さんの数も多い。なかでも、湿疹は皮膚科診療所において最も頻度の高い病気です。
 乾癬も戦後、特に増加が著しい皮膚病のひとつであり、現在、皮膚科を受診する総患者数の2〜3%占めるといわれております。
 さて、乾癬はアトピーやかぶれ(接触性皮膚炎)などに代表される湿疹とどう違うのでしょう?
 湿疹はまず、赤いブツブツ(丘疹)水ぶくれ(水疱)あるいは平たい赤い部分(紅斑)ができます。大抵はかゆみを伴い、引っ掻くうちに広がったり、がさがさになったり、じゅくじゅくしたりします。
 慢性化すると、皮疹(=皮膚病変部のこと)が盛り上がったり、かさかさした「あか」のような角質(鱗屑)やかさぶたが付いたりします。 このように、かゆみがあり(睡眠不足を引き起こすほどかゆみの強い患者さんも多い)慢性化すると正常皮膚との境目があいまいになるのが特徴です。
 一方、乾癬は一般的に湿疹ほどにはかゆみは強くなく、(出来はじめや、症状悪化時にはかゆみのある患者さんは多い)乾癬皮疹と正常皮膚の境目がきわめてはっきりしているのが、特徴といえます。
 なによりも、乾癬の形状はたいへん特徴的です。円形や楕円型の盛り上がった赤い部分(紅斑)の上に、白色、あるいは銀白色の角質を付けていて、ときに雲母が剥がれるように、大きくまとまって、ペロリと剥がれ落ちます。これを無理やり剥がすと少し出血したりするのも特徴のひとつです。
 症状が進むと、円形、楕円形の紅斑は数が増えるとともに、互いにひっついて、さらに大きな皮疹となり、ときに周辺から盛り上がった、まるで地図に描いた赤い陸地のように見えます。

 

乾癬は炎症性角化症の代表的な皮膚病です。

 炎症性角化症とは皮膚の真皮部分にある血管が広がり、、リンパ球などの白血球が皮膚に侵入することによっておこる「炎症」と皮膚の表皮(いちばん外側にある薄皮の部分)が分厚くなって角層(かさかさするフケのような部分)も分厚くなる「角化症」が同時に起こってくる皮膚症状をさします。 表皮が分厚くなるのは表皮細胞がとてつもなく速く、分裂増殖するからです。 最近では、乾癬の患者さんのリンパ球に問題があるため、表皮細胞の分裂が速くなり、その結果表皮が分厚くなってしまうのではないか?という説がとなえられています。 つまり、種(リンパ球)に原因があるため、畑(皮膚)に病気が起こるという考えです。
 サイクロスポリンというリンパ球を抑える薬が、乾癬に効くこと、リンパ球を刺激する細菌感染やウイルス感染にともない、乾癬が悪化することなどはこの考え方を裏付けています。 しかしながら、この説だけでは、乾癬の発症全てを説明できないのも事実であり、いまのところ未だ原因説明の決着がついてないというのが本当のところです。

 

発症の原因は不明です。

 遺伝的素因を疑わせる事実もあります。また皮膚のきずが原因となったと思わせる症例もあります。しかし、全ての乾癬患者さんに当てはめる発症の原因は分かっていません。 原因は不明でも乾癬の増悪因子は分かっています。 暴飲暴食、過度の肉体的、精神的ストレス、偏食、風邪をはじめとするいろいろな感染症、ある種の薬などです。

 

乾癬の分類

症状から下記のように分類されています。

1・尋常性乾癬

一般的に乾癬というとこれを指します。

2・関節症性乾癬

乾癬にさまざまな程度の関節炎を伴ったもの。関節リューマチに似ていることもありますが、血液検査ではリューマチ反応は陰性です。 このタイプは最近特に増加傾向にあります。皮膚症状以外に関節炎がつらい患者さんが多く、我々皮膚科医も治療に悩むことが多いのが本音です。 男性に多い傾向にあり、乾癬が悪化すると関節症状も悪化します。問題は乾癬が軽快しても関節症状が軽快しないことがしばしばあることです。

  

3・膿疱性乾癬 掌蹠膿疱症  

尋常性乾癬が悪化し、赤みが出たあとに膿疱(白い、膿のツブツブ)が多数出現するタイプです。高熱がでたり関節痛を伴ったりするのために、入院して、治療する必要があります。尋常性乾癬が先行せずに、最初からこのタイプとして発症することもあります。手のひらや足底だけに限って出現する特殊型を掌蹠膿疱症と呼びます。 掌蹠膿疱症は(溶連菌等の)細菌感染に関連があるようです。特に扁桃腺炎、歯槽膿漏、副鼻腔炎(ちくのう)などに関連があります。 また喫煙者(慢性咽頭炎を起こしやすい)にも多いようです。 歯科金属に対するアレルギーがこの病気の引き金を引くともいわれています。扁桃腺炎などを「細菌の成分に対するアレルギーの引き金」と考えれば、これらを併せて、全て、「口の中のアレルギートラブル」が本症状の誘因ではないか?と疑います。 しかし、それがどうして遠くの皮膚に症状を来すのか全く不明です。

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いずれにせよ、このことは前述した「リンパ球犯人説」を補強しているように見えます。

 

4・ 滴状乾癬
尋常性乾癬の皮疹に比べ、小さめの丘疹がパラパラと全身に出現するタイプです。ちょうど水滴が跳ねたように見えるため、この病名がついています。急性に発症することが多く、掌蹠膿疱症同様、扁桃腺炎などが誘因になることがあります。また尋常性乾癬に移行することもあります。 次に治療方法について述べます。

 

治療法について

乾癬は炎症性角化症の代表的疾患です。炎症と角化症に対する治療法を分けて考えると理解しやすいと思います。

1・皮膚の炎症を抑える

◎ ステロイド外用剤

◎ サイクロスポリン内服薬

◎ メソトレキサート内服薬

◎ 紫外線療法(PUVA.UVB)

2・表皮増殖(角化症)を抑える

◎ ビタミンD外用剤

◎ レチノイド(チガソン)内服薬

◎ 紫外線療法(PUVA.UVB)

3・その他個別の関連症状に対する治療

◎ 非ステロイド系消炎鎮痛剤
 (関節症乾癬の関節炎に対して)

◎ 抗生物質(関連する感染症に対して)

  

このように乾癬の治療法はバラエテイに富んでいます。言い換えれば、これといった完治を約束する決定的な治療法が無いことをも意味します。我々皮膚科医はこれらの選択肢のなかで、症状に合わせた最善と思われるいくつかの組み合わせで治療しています。 どんな薬剤、治療法にも副作用はつきものです。患者さんひとりひとりの症状も異なるし、同じ患者さんでも症状が変化することは多々あります。 病気の性質上、長期戦になることも多く、出来るだけ副作用が少なく、より効果的な治療法を選択することが我々皮膚科医に与えられた任務と考えています。

 

患者さんの心得

乾癬はしつこい病気です。良くなったり悪くなったりの繰り返しで、喜怒哀楽の日常につき合いきれなくなり、もうどうでもイイヤとばかり治療に投げやり的になってしまう患者さんも少なからずいます。 皮膚病は症状が目に見えて明らかで(医者にも患者にも)治療の効果は隠しようありません。時々、患者さんは思い詰めたように

「先生、乾癬は治るのですか?」

と聞きます。

私は「治りますよ」と答えます。

事実、治った患者さんを知っているからです。しかし私は急いでこうも付け加えます。「結果だけを早急に焦ってもしんどいだけですよ。治療に反応してとても良くなることもあるし、同じ治療をしていてもまた悪くなることもあります。それは乾癬そのものの『波(なみ)』があるからで、もしかするとそれは人事の及ばないところかも知れません。しかし、その『波 』の最悪点を浅くすることは出来るんです。それは患者さん自身が乾癬の動きを知ることで、可能となります。治療に反応するときの感触を思い出して下さい。再発してくる時には“何らかの前兆があったはずです。その時ちょっとした努力で、(たとえば、軟膏を一日きっちり2回塗るとか、、。)水際で押し留めることも可能です。

治療目標は、『完全治癒 』ではなく、日常生活で邪魔にならない程度にコントロールできている状態に置くことが現実的でしょう。そのためには定期的な皮膚科受診が絶対必要となります。 また、自分自身の日常生活に乾癬の増悪因子を発見、認識して対応することがとても重要です。 暴飲暴食、過度の肉体的、精神的ストレス、食事のかたより、風邪をはじめとするいろいろの感染症などです。

 

新しい治療法と将来の展望

 皮膚科分野においても、新しい治療法、治療薬が続々開発中です。 特に、乾癬は患者数の増加に伴い、新しい治療法のニーズが最も高い皮膚病のひとつです。前項で私は乾癬の原因は不明で、その病気の動きは人事の及ばないものだと申し上げました。 しかし、それは現在二十世紀の我々がこの病気の本態を「知らない、分からない」だけであり、「無い」ということではありません。 「知らない、分からない」部分はいつの日か必ず科学的に解明されるはずです。これは基礎、臨床研究にたずさわる、我々皮膚科医の最大の使命です。  患者の皆様も世にある非科学的、オカルト、迷信的なものの考えに走ることなく、科学的根拠に基ずく新しい治療法に期待して下さい。 一九六〇年代以降、ステロイド外用剤の開発が数え切れないほどの皮膚病に光明を与えました。目の前の二十一世紀には画期的治療法が開発され、世界中の乾癬の患者さんに大きな恩恵をもたらすことを信じて疑いません。

私の稿を終えるにあたり、皆さんに申し上げます。

   『もう少しお待ち下さい』と