「すい臓にあるインスリンを造る細胞をT細胞が攻撃するとされる病気が@若年性糖尿病です。子供のときちょっとウイルスなどに感染したことがきっかけでT細胞がすい臓にあるランゲルハンス島のベータ細胞をやっつけてしまうと考えられています。1・発病原因はわかってないですが、運動神経をT細胞が攻撃する自己免疫疾患が多発性硬化症です。2・T細胞ではなく抗体がきて腎臓の糸球体に悪さをするのがグッドパスチャー症候群です。Cまた唾液腺や涙を造る細胞をT細胞がやっつける病気がシェーグレン症候群。3・筋肉と神経のつなぎめを抗体が悪さをするのが重症筋無力症です。4・また甲状腺をT細胞が攻撃して障害するのが慢性甲状腺炎。5・抗体が、甲状腺に刺激するほうに働いて、甲状腺ホルモンをどんどん分泌するバセドウ病。5・あまり自己免疫疾患と呼ばないですけれど肝臓に肝炎ウイルスがついた時にT細胞が集まって攻撃する慢性肝炎。つまりウイルスによって肝臓が障害されるのではなくT細胞の攻撃作用自体が肝臓を悪くするように働きます。」
■皮膚における自己免疫疾患
「話が遠まわりしましたが、皮膚科領域に目を向けましてもいろいろあります。色素を作る細胞をT細胞がやっつける白斑という疾患があります。また髪の毛を作る細胞をT細胞が攻撃すると円形脱毛症になります。」
「いよいよ表皮の話になりますが、表皮細胞に抗体が取り付いて悪さをする場合とT細胞が表皮を攻撃する場合とが考えられます。皮膚細胞に抗体が取り付いて悪さをするのが天疱瘡、表皮と真皮の接着部に抗体が取り付くのが類天疱瘡といわれています。
尋常性乾癬は表皮細胞にある抗原またはタンパク質のちょっとした異常(変化)を目ざとく見つけたT細胞が攻撃します。しかし表皮細胞は他の細胞ほど柔な細胞でないので、攻撃されても逆にどんどん再生して行き、結果として表皮細胞がぶ厚く肥厚する経過をたどると免疫学的には考えられております。つまり乾癬では表皮の角化細胞が特異的にT細胞の標的になっていると考えるわけです。」(★スライド7後日公開)
■免疫の3大特性
「いま組織特異的免疫疾患・自己免疫についてお話しを進めてきましたが、このように免疫学というものはまことに難しく、言い換えれば医学全般と同じか、またはそれ以上の深さと拡がりを持っている学問と感じています。
「皆さんが免疫学に対して抱くイメージはいろいろと思いますが、最初に思い出すのはやはりジェンナー(イギリス)の天然痘の予防接種による免疫でしょうか。ここで、私は免疫学を学ぶ上で欠かせない三つの大きな特性をまず最初にご紹介したいと思います。」
■記憶
「まず一つ目のそれは【免疫学的記憶】と呼ばれるものです。一度罹ったウイルスなりあるいは天然痘などのウイルスを体が『記憶』するというものです。これは免疫という現象に『記憶する』という特性があるからです。一度罹ったウイルスなどの病気は2度目には罹らないかまたは罹っても軽くすみすぐ治るということです。」
■多様性
「ふたつ目は【多様性】です。
体の外には100万という数字ではきかないおびただしい数の抗原となるような物質が体の中に侵入しようとしています。こうした無数の非自己(抗原)に対してぴったりと見合う、言わば特異的に結合できる無数の抗体というタンパク質分子がどのように巧妙に合成されるのか?というのが長い間免疫学者を悩ませてきた難問でした。難しい説明は省略しますが、その難問に最終的な答えをだしたのが利根川進博士(ノーベル医学賞受賞)です。」
■自己・非自己の識別
「三つ目は【自己・非自己の識別】という特性です。普通に考えると「非自己(自分でないもの)が体に侵入してくるとそれを排除するのは当たり前じゃないか」と多くの人は考えがちですが、免疫のシスムを一度知るとそんなに簡単に納得し、理解できる問題でないことを思い知らされるからです。なぜなら、前述の免疫の無限ともいえる抗原に対して如何なる仕組みで抗体の無限の【多様性】による対応を実現しているのかという大きな疑問が立ちはだかっているからです。T細胞自身はいつも自己というものを考えています。自分が分かっているからこそ非自己を識別することが出来るのでしょう。」「以上が【免疫の3大特性】といわれるものです。」
■自己MHC拘束性
「ほかにもうひとつ、四つ目の特性というものがあります。それが【自己MHC拘束性】と呼ばれるT細胞の持っている言わば変な特性で、T細胞は常に体中を循環しながら自分のタンパク質と違うものを監視していますが、MHCとは移植の時の抗原のことですが、【T細胞は自分に比較的似たものを見つけ】排除しようとします。自分の型に拘束されるという意味での特性です。このように免疫学にはまことに理解しがたい哲学的な話がたくさんあります。」(★スライド8後日公開)
■教育されるT細胞
「T細胞は胸腺で作られますが、胸腺の中で【自己・非自己の識別】と【自己MHC拘束性】という2つの特性を獲得します。免疫学ではこれを【T細胞が教育される】という言い方をします。胸腺で教育を受けたT細胞は体のあちらこちらの活躍できる場所に送りだされます。」(★スライド9後日公開)
■胸腺はT細胞の教育施設
「特に【自己MHC拘束性】という特性を未熟なT細胞に教育するのは、胸腺にあるケラチンを持った表皮の細胞に極めて似た(胸腺上皮)であります。すなわち、T細胞にはそうした細胞(表皮細胞)にある程度潜在的に反応(間違って攻撃)する宿命があるのではないか思います。」(★スライド10後日公開)
「しかし胸腺で教育を受けた細胞は全て体の各組織に送り出されるわけでなく、自己に反応する強さの程度に応じて選別して送り出されています。いわば選ばれたT細胞のみが卒業して送り出され、自己に全く反応しない細胞や自己に強すぎる反応を示す細胞は胸腺において排除され、送り出されることはないとされています。」(★スライド11後日公開)
■自己免疫反応発生の土壌
「しかし送り出されるT細胞にも自己に対する反応性の強さにばらつきがあり、危険水準に近い強さの自己反応性の要素をもつT細胞も潜在的にはあり、免疫学者は少数のこの危ないT細胞が自己免疫疾患を引き起こす原因になっているのではないかと考えています。」(★スライド12後日公開)
「しかし通常はこの危いといわれるT細胞もすべて危険な自己免疫反応を及ぼすわけではありません。それは危ないT細胞より抗原の数が圧倒的に多い場合や、リンパ球はリンパの液からリンパ節へ行き血管の血液に合流する循環系をぐるぐる再循環を繰り返しているので、その間危険なT細胞と抗原が遠く離れた状態で隔絶された状態にある場合は自己免疫反応は起こりえません」。
■溶連菌が乾癬を悪化
「乾癬の話に戻りますと、皆さんもご存知と思いますが、乾癬の患者さんが風邪ひきなどが原因で、のどに溶連菌(溶血性連鎖球菌)が付着すると乾癬が悪化するということはよく知られています。実験的に乾癬の患者さんの白血球と溶連菌をまぜるとかなりの人で、溶連菌のタンパク質に反応します。そのタンパク質はケラチンのタンパク質と非常に良く似た形をしていることが分かっています。乾癬の患者さんの一部の人にはこうした免疫反応が表皮に対する反応として起こっているのではないかと考えられます。」
■免疫学的乾癬の治療
「乾癬に対する免疫学的治療に属すると考えられるのが、「光線療法」です。紫外線のうち、UVAやUVBを照射するわけです。紫外線はリンパ球細胞の働きを抑制する作用があります。紫外線の作用によってリンパ球にアポトーシス(プログラム化された細胞死)を起こさせるわけです。最近ではnarrow band
UVBと呼ばれる紫外線の中でもごく狭い範囲のUVBを照射して、特定のT細胞だけの自己免疫反応ををピンポイント的に抑えるというより安全で有効な治療法が確立されてきています。また異常な免疫の働きを抑える意味で、免疫抑制剤サイクロスポリンを使用します。これはサンデュミンとかネオーラルという医薬品名で皆さんよくご存知と思います。これはリンパ球のT細胞の活性化を抑制する目的で使われています。このようなことが現在行なわれている免疫学的治療です。」
■CD4とCD8
「リンパ球にはCD4分子とCD8分子という2種類の分子を持つ細胞があります。乾癬にはそのうちCD4T細胞(ヘルパーT細胞)が主要な役割を果たしています。このCD4T細胞が主に表皮に働きかけていると考えられています。さきほどのサイクロスポリンなどはウイルス感染などに大きな役割を果たすCD8分子T細胞(キラー細胞)にはあまり影響せず、特異的にCD4T細胞の活性化を抑えるという役割を果たしています。」
■アンタゴニスト
「我々は免疫学的にもっと特異的で有効な治療法がないか研究を続けていますが、最近の研究でT細胞が反応するタンパク質に対してほんの少し形の違うタンパク質を与えるとT細胞は全然反応しなくなるということが分かってきました。我々はそれをアンタゴニストと呼んでいますが、この治療法が実現すると表皮に影響を与えるリンパ球だけを活性化させないという理想的な治療になるかもしれません。ただ問題は、、それぞれの人で、アンタゴニストとしてのタンパク質がちょっとずつ違うので、それを完全なオーダーメイドで用意しなくてはならないという事が大きな問題ではあります。実験的に実現できても実際の治療になかなか応用できないかなというのが現実われわれが悩んでいるところです。」 「しかし、最近急速な遺伝子の研究の進展で遺伝子治療などでは
個々の病気のためにデザインされた治療法が認知されだし始めています。そういう観点から言いますと、個々の人に反応するタンパク質を見つければ、個々の人のアンタゴニスト(抗原を阻害するタンパク質)を見つけることが出来ますので、二十一世紀にはこういう個々の人にピッタリ合って、個々の人に反応するリンパ球だけを特異的に抑えるオーダーメイド治療が確立されるのではないかと期待されます。」(★スライド13後日公開)
■まとめ
「自己免疫疾患という話から組織特異的自己免疫疾患についてお話ししてきました。肝臓などもそうですが、T細胞がきて、肝臓の細胞が増殖して肥大するような話は皆さんもご存知かもしれません。乾癬も上皮細胞が攻撃されて、反応として、短期間に増殖して肥厚してしまう。一方インスリンを作る細胞が若年の時にT細胞に攻撃されて、一週間くらいでβ細胞が破壊されて二度と再生することがありません。運動神経をT細胞が攻撃する多発性硬化症は神経がだんだん冒され最終的には呼吸すら出来ない状態に陥ります。」
「そういう観点からすると乾癬はやっかいな病気ではありますけれど自己免疫の疾患としてはいろいろ将来的には対処法が開発される見込みがあり希望がもてる病気だと思います。」
「今日は、自分自身の実験の話も少し紹介したかったのですが、東山先生からお手紙をいただき、『出来るだけ患者さんの興味に即した、乾癬と免疫のお話しを・・・』というご要望がありましたが、折角ですので、少しだけ触れさせて頂きます。」
トランジェニックマウス
「マウスの表皮にあるタンパク質を発現させて、それに反応するT細胞だけが出来てくるように遺伝子を改変したマウス(トランジェニックマウス)を使って実験をしています。いろいろ様々の仮説をもとにモデルが予想していたような結果を生み出せばよいなと考えていますが、今のところ期待する結果には結びついていません、詳しいお話は機会があればお話したいと思います。」
■洞窟のイデア
「最後のスライドをお願いします。 免疫の話は以上で終わりです。余談なのですが、このスライドをみてください。これはプラトンの【洞窟のイデア】というお話です。スライドにあるように私たちは洞窟の壁に縛られています。そして、眼の前の壁に投影された影を眺めています。投影された影の実体とそれを映し出す光源の灯りは私の後ろにあります。プラトンによると後ろを振り返って見ても影である。仮に見えたとしても本当の病気の本質がそこに
あるわけではないかも知れないのですが、私たちは目の前の壁に写っている影(モデル)を眺めながら、自分の後ろにあるはずの実体が何であるかをいつも考えています。このように私としてはトランジェニックマウスのような何かこういう仮説モデルを使って、その影が映った時に予想したような映像ができることを期待して実験を続けています。患者さんを診察しながら今の自分の力ではなかなか思い通り行かないことに、いつももどかしく思っています。
「ご静聴ありがとうございました。」