社会保険二本松病院皮膚科部長 佐藤守弘先生
ただ今、ご紹介頂きました福島県二本松からまいりました佐藤守弘と申します。私は医者になりまして、丁度16年になります。私が大学を卒業しまして、医者になるかならないかという頃にこの病気(尋常性乾癬)を発症しました。それ以来、病状が一進一退しまして、今では関節炎(関節症性乾癬)も併発しております。本日は、医者の立場というより皆様と同じ乾癬患者という立場からお話し申し上げたいと思います。今日は「乾癬と私」というタイトルでお話を進めます。乾癬の治療法としては、塗り薬による治療法、飲み薬の治療法、光線による治療法などと共に、北海道の豊富温泉が有名ですが温泉療法などもありますね。塗り薬では現在ではステロイド軟膏、ビタミンD3軟膏の2つが主に使われております。飲み薬では、抗アレルギー剤を使ったり、発疹がひどい場合ビタミンAの誘導体(商品名チガソン)を使ったりします。皮疹の免疫反応を抑えるということで、免疫抑制剤(商品名サンデュミン、ネオーラル)を使ったりします。それから紫外線をあてる光線療法、ソラレンという光を感じ易い薬を前もって飲んだり皮膚に塗ったりして光をあてるPUVA療法。皆さんはだいたいこのような療法を単独で、または組み合わせて使われているのではないかと思います。私自身はステロイドの軟膏とビタミンD3軟膏を組み合わせて使っております。
■乾癬は何故できる
乾癬は何故できるか?ひとつの大きな柱として体質があります。我々の人体の設計図といわれていますDNAに乾癬を引き起す遺伝子が組み込まれているのだろうと言われています。しかしこの乾癬を引き起す遺伝子が組み込まれている人はすべて発症するかというと決してそうではありません。引き金みたいなものがあって、何らかの原因でその引き金が引かれる。その結果乾癬が発症するのではないか。というようなことが考えられております。
先ほど私たちは乾癬を引き起しやすい遺伝子をもっていると申しましたが、そうした病気の遺伝子をもっている私たちは果たして特殊な体を持つ人間なのでしょうか。人はだれでも病気の遺伝子をもっていると考えられており、すべての人間は生まれながらにして様々な病気の遺伝子を持って生まれてくるだろうといわれています。正常に見える人でも乾癬の因子を持っている人もあるということです。私たちは、たまたま乾癬を起こしやすい遺伝の傾向を持っていて、しかも運悪く何かのきっかけが重なったことで乾癬発症の引き金が引かれてしまいました。乾癬を発症している私たちの体は決して特殊なことではなく、たまたま運悪く発症したということです。
■乾癬治療の方法
さきほどお示ししました治療法(飲み薬、付け薬)というものは、肌に起きている免疫反応の異常を正す目的で、つまり起きている反応を少しでも正常にコントロールしようという目的で使われています。
このような薬による改善も大事なことですが、こうした症状を起こす、または症状を悪化させる日常生活の中の環境因子を考えるということが大事なことですので、今日は日常生活をおくる上で、症状を少しでも悪くしないで良い状態に保つにはどんなことが必要か、私の体験を少しまじえてお話したいと思います。
■日常生活の注意点
第一に日光浴をしましよう。紫外線というものは乾癬の反応をある程度抑制しますので、日光浴をしてください。次に風邪をひかないようにしましよう。身体に細菌やウイルスが入りますと。身体の反応が亢進しまして、乾癬が悪くなります。3つ目は入浴をしましよう。お風呂に入って睡眠を充分に取り、身体をリラックスさせることはとても大事なことです。次に体を引っ掻かないようにしましよう。専門的にはケブネル現象といいまして、一見正常に見える皮膚を傷つけたりしますとそこに乾癬の発疹が出てきてしまいます。私も乾癬を発症してからのことですが、自分の腕に太い注射針をさす事情が出来ましてその時注射針を刺した跡に乾癬ができ、ケブネル現象を身をもって体験しました。それから、食事に注意しましよう。先程体験スピーチで述べられたように脂っこい食べ物よりは伝統的な日本食のさっぱりした食事がいいだろうと思います。しかし、あまり極端に走りますと栄養がかたよるということでかえって具合が悪くなります。ほどほどに注意するということでお願いします。それからお薬に注意しましよう。全員が注意しなければならないということではありませんが、乾癬を持っておられる方の何%かに血圧の薬とか心臓の薬、肝臓の薬などに乾癬の発疹を増悪させる薬があります。何かで皮疹が悪くなることがあれば気を付けましようという事です。最後にストレスに注意しましよう。日常生活のこのようなことに充分注意してください。
■私の乾癬歴
私は昭和61年に福島県立医科大学を卒業いたしました。丁度、卒業する前後に乾癬を発症したと思います。その後3〜4年の間に急速に全身に広がってきました。そうこうしている内、平成7〜8年頃には関節炎が起きてきました。手や足の指先の関節が赤く腫れてひどい状態になってきたのです。平成9年には大学を辞め現在の病院に就職いたしました。
この頃からいろいろ自分で工夫することにより、皮膚症状も一番悪いときに比べて6割程度に改善したようでした。関節炎の方も一時期に比べると良くはなったと思います。しかしなかなか完全には良くはなってこないですね。今日あたりは左手の中指あたりが、うずうずと疼いています。私の乾癬の経過はこんなところです。
■乾癬になり始め
最初発疹が出始めた頃のことです。おそらく皆さんも同じような経験をお持ちだとおもいますが、
「なんじゃ、コレは・・・?」何だか見たことのないようなものが身体に出てきた。赤いし、皮がぱらぱらむける。当時医学部学生でした。大変恥ずかしいことにこれが何だか良く分かりませんでした。
それで、皮膚科の教科書を片端から読み漁りました。いろんな臨床写真を見ましてようやく乾癬ではないかと思い始めました。そうこうしている内に大学を卒業しまして、医者になりました。皮膚科医になったのは特に自分の乾癬との関係で選んだわけではありません。
■医者の不養生
医者の修行時代というのは、非常に忙しい日常をおくります。覚えることは多いし一日15〜6時間働くのは当たり前、身体を休める時間もないという具合です。面倒くさいこともあり情けない話ですが、軟膏は週1回か2回、運良くひまがあれば塗る程度でした。そうこうしている内にどんどん皮疹は広がってきますし、途中関節炎も出てきました。
このままでは、まずい・・・。
やはり、軟膏は毎日続けて塗ろう。と一応決意しその頃、丁度結婚もしましたので、背中も薬をつけてもらうことは出来ました。しかし、相変わらず仕事は忙しい。
「仕事が忙しいのだから自分の病気が悪くなるのはしょうがない」
そう理屈を付けながら、酒飲みの悪い癖で、たまに空いた時間があると飲みに行き、真夜中帰宅と身体に悪いことを繰り返しておりました。
「医者の不養生」ってこういうことをいうのですね。
それでもまあなんとか、治療はしっかりするようになり、皮膚の悪化は避けられてきました。しかし、関節炎は悪くなる一方でした。
皮膚科の医者というものは、皮膚だけ診ているように思われがちですが、結構手術などもよくやります。私も大学にいる時、皮膚の腫瘍をとったり、ヤケドの手術を手がけたりしてたのですが、関節炎というのは非常に困るんですね。カルテを書こうとしても指が痛くてなかなか字が書きづらいことや、手術中に中指が痛くてピンセットを落としてしまったことがありました。これは大きなショックでした。
「この病気に対して真剣に対策を考えなければければならない」とこの時ほど強く思ったことはありませんでした。
これは本当に、まずい・・・。
仕事に支障ができてしまう・・・。
出来るだけのことはしなくはならないだろう。治療については、何とかやってきている。では何をやらなければならないのか。「発疹を悪くしているような生活」これを見直さなければならないのではないか。こう考えるようになりました。仕事が忙しいのはしようがないけれども、なるべく工夫して時間を作って身体を休める。薬はちゃんとつける。お酒など人付き合いが悪くならない程度にセーブする。このようなことで、完治は難しいけれど、悪いときの6割くらいの程度に症状を抑える。このような方針で、日常生活を見直しました。おかげで関節炎も仕事に支障のない程度に治まってきました。
それでは次のスライドをお願いします。これは先程の日常生活の注意点7項目ですね。このうち黄色い文字で示した項目が私にとって特に重要な注意すべき項目です。
この重要な注意すべき項目というのは、皆様方それぞれによって違うと思います。「私は日光浴をしたって変わらない。かえってかゆみが増す」とか、「風邪をひいたって全然かわらないよ」と言われる方もあると思います。それぞれの皆さんにとって少しずつ違うと思うのですが、この7項目のどれかは自分にとって影響があることは、体験上よくわかっておられるのではないでしょうか。それを充分認識して日常生活をおくるということが大切だと思います。
■心の問題
次に私が一番大事だと考えているのはストレスによる心の問題ですね。
私自身を考えてもストレスの多い仕事でもありますし、常日頃ストレスがたまります。私自身のストレス軽減のためのちょっとした工夫を申し上げましよう。
■私の心掛けたこと
普段、職場への通勤はマイカーを使っているのですが、朝は渋滞ぎみで特に、制限時速60キロの道路を40キロくらいの低速でのろのろ走る車がいるんですね。こんな車が自分の前を走るといらいらします。しかしこれも自分のストレスにつながっているんだなと思い。家を出る時間を少し早めることにしました。
当初は、7時45分くらいに家を出ていましたが、5年ぐらいかけて、ちょっとづつ早め、今では7時20分頃家を出ることにしています。早く出ることにより、少々のろのろ車が前を走っていても気になりません。おまけに病院に以前より早く着くことになりました。
私の病院は診療開始が8時45分となっていますが、少し早めに診療を開始したのです。最近徐々に診療開始が早くなりとうとう今では、8時20分頃に診療し始めています。
このことは午前の診療が早めに終わることになり、昼休みも余裕をもって休息をとれ午後からの仕事に元気よく取り掛かれることにつながっています。患者さんにも好評で
「先生のところは早くはじめてもらって助かるよ」
なんて患者さんにいわれると私も単純な人間ですので、喜ばれるとつい嬉しくなって
「そうですか、頑張ってるんですよ、朝早く来て」
などと言っています。
このように、ちょっと工夫したことが、どんどんいい方に向かって、ストレス軽減に役立っているような気がします。皆さんも仕事や家庭生活で考え方を少し変えてストレスをやわらげる方法を生み出してください。
■乾癬によるストレス
ストレス社会といわれている現代社会に生きる私たちは、いろいろな精神的なストレスや肉体的なストレスに取り囲まれて、ストレスから逃れることはできません。
特に私たち(乾癬患者)はこの病気(乾癬)をもっているために感じるストレスが少なくありません。
病気がなかなか完全に治らない。長い期間の通院とか治療が大変である。肌の見栄えが悪い。患者さんの半数が覚える皮疹のかゆみ。将来この皮疹はどうなって行くのか。職場での同僚の眼が気になる。このようなさまざまな不安がストレスを強くしています。
私は現在の職場に変わったとき、最初に皆の前で、「私は、乾癬という皮膚病をもっていますが、皆さんびっくりしないで下さい」と挨拶しておきました。
また、家族などから「お父さんの歩いたあと、皮がいっぱい落ちてるよ」などといわれる事もストレスとは言わないまでも、こうしたちょっとしたことが少し胸に来ることがありますね。
「なんで治んないの?」
こんなこともありました。私には男の子が一人います。私は、毎日お風呂上りに1時間くらいかけて全身に軟膏を塗るのが日課になっているんですけれど、息子は物心ついた時から、私の軟膏塗りを何とも思わず知っていたわけです。
丁度、この子が小学校低学年のころ、ある日軟膏を塗っている私に突然
「なんで毎日くすりぬってるの」
「・・・・・」
「父ちゃん皮膚科の医者だよね」
「なんで治んないの?」
「・・・・・」
これは一番キツイ質問でした。
悲しいわけではないし、悔しいわけでもありません。しかし私の喉からは言葉は出ませんでした・・・。返事につまったこと、それは、自分自身が皮膚科の医者として、親父として、の悲しさ、悔しさ。まあ、自分自身に対して悔しいんですかね・・・。そうした思いをしたことがありました。以来、息子の疑問に対し未だに満足する説明ができておりません。
■再び日常生活7つのポイント
さきほど述べましたように私自身はやはり日光にあたると、皮疹はよくなります。仕事をしている時でも真冬以外は室内でも肌を露出し、半そでの服を着ていることが多いです。規則正しい生活をしている時、気持ちが安定している時は圧倒的に肌の調子もいいですね。皮疹が悪くなるのは冬とか仕事が忙しい時ですね。季節とか仕事が忙しいというようなことは、私たちがどうこう出来るということではありませんが、やはり、つとめて規則正しい生活をするのが一番と思います。私の場合以前深酒をしていた時がありました。せっかく良くなっていた皮疹がとたんに悪くなり、それを修復するのに何日もかかり、元に戻すのに大変苦労しました。今は風邪をひかないようにうがいを欠かしません。またお風呂はぬるめの湯にゆっくりはいります。湯に浸かりながらどんな時に乾癬が良くなり、どんな時に悪化するんだろうと考えたりします。ご自分の乾癬の日常を振り返って自身の経験をまとめてみることをお勧めします。
■乾癬はそれぞれ個性的
乾癬はみんな同じではないです。極端な話しをしますと、ここに集まっておられる方、皆さんそれぞれの人生が違うように乾癬も全部違うと思います。
どういったことをすると良く、どういったことをすると悪いというようなことは、それぞれの人によって違っていると思います。それは皆さん自身が気づいておられることではないでしようか。自分がどうしたらよいのかということを、ゆっくり考え、小さな事からこつこつと、出来ることからやって行く。そうしたことが大事だと思います。
■乾癬になって悪い事ばかり?
乾癬になっていろんなことがあったと思います。悲しいこと、つらいこと。私も乾癬になって16〜7年になるのでいろいろありました。先ほどの体験スピーチにありましたように、
「乾癬でなかったら自分の人生変わってた」と思うような人もおられるでしよう。しかし乾癬になって悪いことばかりの人生なのでしようか。乾癬になったことで自分の中に何か芽生えたもの、乾癬になったことで何か強くなったもの、乾癬になったことで何か得たものがありませんか。そうしたことはそれぞれの人に違うと思いますが、必ず何かあるはずです。そうしたことを大切にされることが大事だと思います。
町を歩いて見てください。多くの人が元気そうに健康そうに歩いておられていますが、その方々だってすべて病気になる可能性を持って生まれてきているのです。私たちはたまたま乾癬という病気を発症しました。しかし決して特殊なことではありません。
人生においてこれからもいろいろあるかも知れません。乾癬があればお仕事も家事も大変だと思います。しかし、これからも乾癬であるために得る良いものも必ずあると信じながら、皆さんと共に頑張って行きたいと思います。お時間がまいりましたのでこれで講演を終わらせて頂きます。
ご静聴ありがとうございました。